2009年11月09日

11月計画

なかなか習慣としてブログを書き込むのも大変なものです。元来ズボラな性格の上に文才はないし、

うまくまとまらず納得いかないとやっぱやーめたって感じで書き込みを断念してしまう始末。これでは

ブログなんかする資格ありませんね。マイペースにもほどがあると毎度反省しきりなんですが・・・。

てな言い訳を前置きにして10月ブログも大して書き込みをしてない訳であります。

しかしはや11月は9日になりまして、日々の所用に追われていたらもう中旬を迎えるじゃああーりませんか!

今月は行事続きでほんと慌しく、昨日8日の寺行事を終えて、一段落でホットしたところで久々の

書き込みをしている次第なのであります。

10月ボンズクラブは、月例「つきいちボンさんと語ろう会」、「まだまだシネマ選クラブ」、「仏教講座」と

新ボンズクラブハウスにて開催させていただきました。皆様の御参加深く感謝申し上げます。

ありがとうございます。今月11月も少しづつ「語ろう会」以外の企画を盛り込んでいこうと存じます。

取り急ぎ「つきいちボンさんと語ろう会」は、11月29日の日曜日開催です。

で、その日の午後4時から「まだまだシネマ選クラブ」開催します。

この「まだまだシネマ選クラブ」は、単純にみんなで映画を新ボンズクラブハウスで鑑賞しましょうと

いう企画でございまする。何で映画やねん!という突っ込みは単に「杉若が映画好きが為」としか

お答えは出来ませぬが、遠い将来「ボンズクラブ的映画製作実行委員会」なるものを立ち上げよう!

なんて目論みもあったりするもんで色んな映画を観て皆さんであーだのこーだの語り合って

「ボンズクラブ的映画」をどんな作品にするかを絞っていければなぁって感じです。

当日、何を鑑賞するかは当日御参加いただくまで発表はしませんし、または「これ観ませんか?」と

VHSもしくはDVDをご持参いただいても結構です。複数鑑賞作品ある場合、参加者の皆さんと

相談してチョイスして鑑賞しましょう。他の作品はまた今後鑑賞していけますしね。

てな訳で新ボンズクラブハウスの2F視聴覚ルームにて「まだまだシネマ選クラブ」開催します。

その後の「語ろう会」の引き続きの御参加歓迎しますが、そないにこってりボンズクラブ漬けをお望みで

ない方、もしくはご用事で「語ろう会」には出席できない方は「シネマ選クラブ」のみのご参加でも

全然構いませんのでお気楽にお立ち寄り下さい。すべてはご縁に感謝です。

そして「ボンズクラブ仏教講座」なんですが日時未定です。決まり次第掲載します。

「ボンズクラブ今後の予定」項の11月更新はまだ実施出来てませんが取り急ぎブログにて

今月の予定ご報告申し上げます。よろしくお願い申し上げます。ふうー・・頑張って書き込んでみました。

おつきあい頂き感謝申し上げます。ありがとうございました。ボンクラ和尚拝
posted by ボンズクラブ事務局 at 05:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月08日

10月に入り、はや10日近く・・・

9月からはりきってブログ更新しようなんて

活き込んだものの結果たったの2回しか書き込み出来ず・・・

そして10月もはや10日とは・・・。

台風18号も比較的、古都には爪を立てずに通過、安堵している次第です。

先月27日新ボンズクラブハウスにご参加頂いた皆様、ありがとうございました。

色々この先のボンズクラブの展開にご意見ご助言賜りありがとうございました。

またボンズクラブハウスも色々な企画で活用してまいりたく存じます。

こんなことで開放してはどうですか?こんなことに使えますか?等々ご要望あらば

遠慮なく申し出てくださいませ。よろしくお願いします。

さてさてそこで今月10月は、通常のボンズクラブ〜つきいちボンサンと語ろう会〜は

10/25日曜日、午後6時半から開催でございます。

詳細内容は、また書き込み?ます。頑張って・・・・ハイ。
posted by ボンズクラブ事務局 at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月25日

9月のテーマ「21年目から始まる醍醐味」

2003年11月から2009年2月までの5年余りお世話になった千本丸太町町家ボンズクラブハウス、

退去を余儀なくされ、以来新拠点探し求めて6ヶ月目にようやくこの9月から新ボンズクラブトークライブ

ハウスいよいよオープンです。今回のボンクラハウスは、かなり広いのです。というわけで・・・・

「つきいちボンさんと語ろう会」だけでなくこの町家スペースを今後は色々活用、開放して

いこうと企画中!皆様もこんな風に使いたいとご要望あらば是非是非ご提案を!

今月は、ボンズクラブへのリクエスト並びに新しい展開を皆様と展望意見交換したく存じます。

まだまだ室内準備は完全な状態ではないですが、

まずは月例の「つきいちボンさんと語ろう会」スタイルでスタートします。

そして20時以降は、いつもおなじみお世話になっている居酒屋人民広場に移動して

食事懇親会としたく思っています。人民広場さんには今回の新ボンズクラブハウスが決まるまでの間、

会場として大変お世話になりました。ありがとうございました。これからも懇親会場として利用させて

頂こうと思っていますのでどうぞよろしくお願いします。

それでは皆様の御参加お待ち申し上げております。      ボンクラ和尚拝
posted by ボンズクラブ事務局 at 02:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ボンズクラブテーマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月03日

9月に入りました!

我々僧侶にとって何かと慌しい7月、8月が過ぎ

もうはや9月!ブログもお休みしておりましたが

いよいよ復活!申し訳ありませんでした。

先月のボンズクラブで皆様に勧募金御協力頂いてる

「インドカタロワ村井戸工事」「フィリピン戦死者御遺骨仮安置納骨所建設」の

現在の進捗状況報告申し上げました。

まずは「インドカタロワ村井戸工事」目標額200万円は、水が沸いてくる箇所を探し当て、

そこを掘り下げる作業費一箇所に付き、約20万円〜30万円程かかります。

そういった井戸を10箇所以上の掘り下げ作業が必要で200万円は最低必要な金額となります。

現在、掘り下げ作業3箇所目にして水が沸いてきた箇所の第1井戸工事が

進みだしました。

「フィリピン戦死者御遺骨仮安置納骨所建設」は

目標額として1500万円としていますが、これは一箇所建設費用に約300万円位は必要となり

調査地域各拠点に仮安置所が必要となるので最低5箇所の建設を目標としており

よって1500万円は必要となると見込んでいます。

こちらも一日も早く建設が必要な為、まずはルソン北部イフガオ山中に第1仮安置所建設に

今春より着手しだし8月に完成致しました。先月16日からイフガオ入り致しまして

開眼法要をして参りました。後日写真をアップしようと思います。

現在の皆様からの勧募金は、1,207,000円です。

両プロジェクト共に目標額には達していませんが、仮安置所に関しては

NPO「空援隊」からの補助等で第一号は完成に至っておりますが

この立替分は、ボンズクラブの勧募金で返済していかねばなりません。

さらに両プロジェクト現在進行中ですので諸々費用が必要となります。

何卒、皆様の御理解御協力お声がけの程、よろしくお願い申し上げる次第です。

                                    ボンクラ和尚拝
posted by ボンズクラブ事務局 at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月28日

ようこそ救世種の森へ「その3.種の証明」

  「種」に気付かないでいる間は

  様々な事で怒ったり


  迷ったり、悩んだり


  苦しんだり、怨んだり


  執着したり、許せなかったり


  妬んだり、呪ったり


  諦めきれなかったり


  妙に人に逆らいたかったり


  欲望のコントロールを失ったり


  自分を見失ったり


  すべてを投げ出したくなったり


  人をだましたくなったり、見下げたり


  嘲笑ったり、差別したり
 

  人の命をも奪いたくなったり


  常に自分のドロドロした心を


  ひた隠しにして表に出さず


  そんな自分を顧みることもせず


  自分の周りの環境までも


  批判したり、傷つけたり、汚したり


  自分さえよければいいという考えで


  人生を過ごしてしまいがちであります。


  しかし、そんな心を起してしまった覚えのある人は


  すなわち「種」があるのであります。


  そんなこんなの心あってこそ


  「種」発見へのきっかけになるのであります
posted by ボンズクラブ事務局 at 00:55| Comment(1) | TrackBack(0) | みんなの声募集!「ようこそ救世種の森へ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月27日

2009年7月のテーマ「十界その世界」

今月7月のボンズクラブ(7/25開催)、たくさんのご参加ありがとうございました。今回のテーマ「十界その世界」という少々専門的な題目ですが、色んな角度から「十界」を語ってみました。ご参加の皆様にうまく伝わったかどうかは解りませんが・・・・。「十界」は輪廻思想としてネクストワールド的側面と、千変万化する心のありかを分類する内面思想等お話しました。仏様の教えと言うのは、噛めば噛むほど味わいが出てまいります。アプローチの仕方は自由ですしね。また皆様のご参加お待ちしております。ボンクラ和尚拝
posted by ボンズクラブ事務局 at 02:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ボンズクラブテーマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

ようこそ救世種の森へ「その2.”救世種”という”種”」

 世の中のどこかで
 
 ひとりでも苦しんでいる人や

 自然が乱されていく事が起きている間は

 
 決して平和とはいえない

 
 世の中のどこかで


 誰かの都合であらゆる生命体を


 思いのままコントロールされている間は

 
 決して平和とはいえない

 
 世の中にいるすべての生命体が

 
 世の中の自然な流れで発生し

 
 滅び、また発生し、

 
 そして世の中の自然な流れに


 たまたま人間として存在した私達も


 この森を守っていく「種」のひとつであることを


 一日も早く気づかねばならない
 

  時に乱れだすことのある世の中を
 
 ただ憂いたり、誰かに救いを求めたり

 
 ただそのとき、どきの世の中の流れに

 
 流されたり、見過ごすだけではなく

 
 自らが「種」に目覚め


 世の中を救う「救世種」であることに

 一日も早く目覚めることが

 
 大切なのでは、と思うのであります。
posted by ボンズクラブ事務局 at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | みんなの声募集!「ようこそ救世種の森へ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

ようこそ救世種の森へ「その1.救世種の森」

「種」に気づこう

「種」がない人はいないはず 

「種」を発芽させよう

「種」は必ずある
 

「種」を眠らせているだけ 

「種」に気づいたら、育てなければならない 

 
まずは「種」があることを信じましょう

 そして少しづつ水をやり、土を肥やし

 発芽する日を心待ちしましょう 
 
 
そして発芽しだしたら、もっと育つように 心がけましょう 

 
そうして皆が「種」に気づき、 
 
 「種」を育て発芽させ、また成長のために心がければ

 そこはいつか森となり、賑わうのであります。

   まずは普くすべてが「種」に気づき 

   普くすべてが互いに話し合い、
 
   助け合い
 愛し合い、解り合うことのできる世界となれば 

 
そこは「救世種の森」となるのです。 

 
ひとりひとりが 世界を救う「種」の一粒一粒であることに気づけば 

 
必ず普くすべてが望み目指す、

   平和で
安住な世界を迎える事ができると思うのです。
posted by ボンズクラブ事務局 at 16:34| Comment(1) | TrackBack(0) | みんなの声募集!「ようこそ救世種の森へ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

しゃべり場〜ある日のボンクラ和尚講演記録〜

〜「ち」を考える 〜

「ち」を考えると申しましても平仮名ですとまるでピンとこないかと思います。漢字を宛がいますと様々な漢字を思いつくことであろうと思います。また一文字のみ限定で宛がいますとその文字だけでの話で展開していくのもいささか押し付けがましいので敢えてタイトルは「ち」という平仮名にしております。

さて、わたくしども僧侶の話というものは、本来は話し手と聞き手の目指すところが同じであると至って理解しやすい平易な内容です。人というものは、各自どこを見て生きているか、どこに向いて歩いているか、どこに行きたいか、どこに到着したいか等々それぞれに違うものであります。いずれにせよ、まずはそういった視点を持ち合わせているかどうかが今日では先決問題と言えます。仏教には「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という言葉がありますが、「菩提〜悟り〜」は、「煩悩〜悩み〜」があるからこそ得られるものであり、「煩悩」に気付き、しっかり向き合う事が「菩提」への道程を歩みだした事であるから「煩悩即菩提〜悩みすなわち悟り〜」と申すのであります。互いに対峙したものや遊離したものではないのであります。悩みや迷い、苦しみ、悲しみ、怒り、恨み、不安等々は誰しも抱えているとはいうもののそれらからの一時的解放を促す数々の「癒し」へのいざないが我々の日常生活に蔓延しております。どうしようもない行き場のない「煩悩」に真正面から向き合う前にエスケープさせてくれるのでありますが決してそういう今日的傾向を全面否定するのではありません。問題はあくまでも一時的解放であるものを完全解放されたかのように錯覚することです。煩悩の根源を探求し真正面に向き合う事により、完全解放へと導かれていくと仏は説きます。繰り返し湧き出る煩悩も受け止め、向き合う力を培う事が大切なのであると思います。私は僧侶だからといって完全解放された訳ではありません。完全解放への道程を知った段階なのであります。その道程を「求道」、それを進み歩む心を「求道心」などと申します。その道を歩み進むと「求道心」がどこまで揺るがぬ信念なのか様々な事象や出逢いで試されるであります。その一つに「戦死者遺骨問題」があります。ある人物との出逢いから戦後60有余年経て海外戦死者約240万人中、ご帰還ご遺骨約130万柱ということ、つまり110万人のご遺骨は未だに山野森林や洞窟、海底深くで放置されている実態を知り、その問題に取り組むべく平成18年に「戦死者遺骨調査」のNPOを立ち上げ、まずはフィリピン現地入り調査に着手し、現在もNPOスタッフ全員で日々取り組んでいます。戦後60有余年でこの数字しかご遺骨調査収集の成果が上げられない諸事情も調べました。戦後処理の国家間問題、敗戦国の弱点、厚生省の怠慢等々様々な諸事情の中、祖国日本に帰れぬ人となった父、兄、弟等への惜別悲哀の感情を抱き続けながらも何が心の落とし所として受け入れることが出来たのか遺族の皆様に様々なお話しをお伺いし、私は仏教者としてこの実態を今更ながらとは言われてもどう捉えるべきなのかという取組みを「求道」の関所として受け止めている次第であります。

さて日本には古来「神霊」に対して「依代〜よりしろ〜」という対象物を設けて「神」に対しては「祈る」「捧げる」「願う」「守護」そして「霊」に対しては「慰霊」「供養」から「祈願」「守護」という拠り所信仰という慣習が根強くあります。その慣習は日本に仏教伝来したはるか以前から定着したものであります。自然崇拝という風習においては「死」「死別」という現実に送る側がどう向き合うかの究極的解決として「骨」に対しては自然界の循環の一要素として捉え余り執着せずに「霊魂」と送る側の永遠の交流に重点を置いてきたのであります。そこへ伝来してきた仏教はさらに精神哲学として執着心を強く否定する訳でありますからそれまでの日本の民俗習慣に拍車をかけることとなったともいえます。長い歴史の流れに定着した慣習が惜別悲哀に打ちのめされた戦死者ご遺族の心の落とし所となり、その落とし所を拠り所に転換する先として「靖国」、そして「英霊」という霊魂の神格化をも意味する位置付けこそが日本の戦死者慰霊でありご遺族対応だったといえます。

この「苦悩」との向き合い方が生きる力、生き抜く力となったのであると思います。現代人の今日的傾向である一時的解放や癒し効果なる事象の数々で苦悩や煩悩に真正面から向き合うことを回避ばかりしている日常生活ではこの力は決して培えないものと思います。その「力〜ちから〜」なんでありますが語源は「地から」だそうであります。つまり「大地から」生きるエネルギーを頂いているという意味でありましょう。

大地からは様々なエネルギーが生み出されています。それを頂いて生きている、生かされているのであります。そして生かされ活かすことが「生活」であります。「活〜活かす〜」の「力〜ちから〜」は「〜から」の「ち」ですか?ということで講題の「〜ちを考える〜」なのであります。身体の内側から頂いている「ちから」は「血から」であります。「血」は身体を巡る血だけではなく、自分の存在を生み出してきた血という意味もあります。学んできた知識で判断する「ちから」は「知から」、愚かな行動に走ってしまうエネルギーは「痴から」等々、自分自身のエネルギーや力を育み、培い、鍛え、磨いていく過程に「ち」を考えてみてはどうでしょうかと皆さんにお話ししている次第です。私の場合はやはりお釈迦様や偉大なる先師から頂く「智」が「力〜智から〜」とならねばならないし、それが「求道」道中で出会う諸問題や苦悩に真正面から向き合う「力」となると信じています。故に今日取り組んでおります戦死者のご遺骨調査収集を古来日本の慣習としての依代、拠り所信仰をも追悼の意をもって認めつつ、現実の置き去りのご遺骨一柱でも多く一日も早く祖国の自然界にご帰還していただきたくあらゆる「ちから」を活かし取り組んで行こうと思っています。                           
posted by ボンズクラブ事務局 at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 「バババの場」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

「我を非として・・・」第2章前回の続き

私が父にじゃれ甘え気分で「おとうさん」と呼んだのは、これが最後だった。それ以来、その時と同じ心境で父を「おとうさん」と呼んだことはない。呼びたい心境になったことは幾度とある。でも出来なくなったのである。
当時、我が家も丸い卓袱台であった。母が配膳をしている手が止まった。
「なにィ!」家中に響き渡る怒声、達磨大師を思わせる憤怒の眼光、卓袱台につく前に仁王立ちで私の「おとうさん!」という呼び声に即座に反応してきたのである。その瞬間、情けないかな私は泣き出してしまった。
続けて父は、
「上向いて吐くツバは、己に降りかかる!ワシが席につくまでに話すべきことかッ!?言うてみろッ!」と
仁王立ちで睨み付けたまま、泣きじゃくる私に詰め寄ってくるのである。私は3歳だった。
「男が泣くなッ!歯を食いしばれッ!泣くなと言うとるやろッ!」
唇が噛み切れてしまうのではないかと思うくらい、前歯で下唇を噛み続けるが泣けて泣けてしゃっくりのような引き泣き声になり、それをまたこらえようとすると鼻に力が入り、鼻水がバブル状態で鼻の穴を覆いつくすのである。配膳の手を止めていた母が私をかばい、
「今日は私の誕生日やから、亮はそれをお上人に言いたかったんですよ・・」と小声で言った。
続けて何故か姉が
「ごめんなさい・・ごめんなさい・・私が悪いんです・・」と言って姉まで泣き出したのである。
私の顔は、涙と鼻水と、とうとう切れてしまった下唇の血とでグチャグチャだった。
しかし、父はそんな状況に一切動じず、仁王立ちから安座に変わったものの怒声のまま、姉に向かい
「本日の反省を述べよッ!」
今思えばいつも姉は、強かったと思う。この後々、我が家の食卓では「いただきます」の発声の前に必ず個々の反省報告をして父の訓示を受けるというのが日課となった。そんな日々姉は、今日の反省を求められるといつも即座に答えていたのだから・・・。
泣いていた姉は、その父の問いに涙を拭いながら、
「亮ちゃんにクイズしようと言ったのは私です。ごめんなさい。」と答えた。恐ろしい5歳である。
「亮も反省を言えッ!」何とも3歳の子に反省など思いつくわけがないのに父は容赦なく詰め寄る。
「うッ、うッ、ひッ、んぐ、げぼッ、うッ、んぐ・・・」引き泣きで精一杯の私に
「泣くなッ!歯を食いしばれッ!」と相変わらず怒声の嵐・・・・。
母がタオルを持ってきて、優しき声で
「わかった、わかった、もう泣かんときよし。男の子やさかい、泣かんとき・・」とグチャグチャの顔を
拭いてくれたのを私は一生忘れることはない。その優しさにさらに泣けて泣けてどうしようもなかった。
「もうよい!そもそも一日の反省をろくにも出来ず、心を猿のように馬のようにはしゃぐことはならん!その落ち着きのなさが事故や怪我におよぶこと覚えておけ!わしの怒鳴り声では怪我はせん!亮がわしを呼んだその声は、上っ調子で心ここにあらずそのものである。何故ならそのような話は、食卓についてからでも出来る話である。まずは今日一日を振り返り、反省を済ませ、心静めること。笑いの多い生活は大きな落とし穴を見落とす。上を向いてつばを吐くと己にかかる上、落とし穴にも気付かぬ。今後、幾度となくお前達に解るまで言い続ける。ハイ、いただきます。」と説き、ご自身は合掌し、箸を手にされた。
「あんたらももう食べなさい。」母の目の奥は、涙が溜まっている。それをごまかすかのように土間の台所に降りて再度お清汁(すまし)を温めに行った。この訓示を当時の私が即座に記憶し理解できる訳はない。この父の訓示は本人も仰る通り、その後も今日まで繰り返し基本訓示として語り続けておられるので私もまとめて文字に起こす事が出来る。
子供心にはしゃいで甘えてじゃれて浮かれ喋りかけ飛びつくような父親に対するアプローチは、この一件以来ないのである。
母の声で私達も「いただきます」と蚊の鳴くような声で唱え、箸を持ってご飯茶碗を持ち上げたらもうお茶碗の中は、さらさらの茶漬けになっていた。涙の茶漬けの日々がこうしてスタートしたのである。(続く)
posted by ボンズクラブ事務局 at 04:24| 「我を非として・・・」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする